18『それが一番楽しいから』 そこに着いた時はとにかく嬉しかった。 ずっとずっとここを目指して長い間歩いてきたから。 でも、ここを目指して歩んでいる時が一番楽しかった。 時には苦労もした。とても辛い目にも遭った。 その苦労も、辛さもそこに着いたら全部喜びに変わる。 そう信じれば苦難を乗り越えるのも面白かった。 時には、ずっとこの旅が続けばいいのに、と思った事もあった。 それでもそこに着けないのは嫌だった。 そして今、僕はまた、とある場所を目指して歩んでいる。 「我は刈り取らん、その刃に掛けし全てを薙ぎ払う《疾風の鎌》にて!」 呪文の詠唱とともに、手の中に現れた鎌型の光をリクは振り回し、彼を取り囲んでいたクリーチャー達を瞬時に切り裂いた。 ほぼ同時に、分厚い刃が先に付いた振り子がリクを真横から襲う。 「我が右手は《鋼鉄の拳》っ!」と、リクは魔法で鉄に変えた右手で、その刃を受け止めた。その振り子を振払うと、斜め後方から燃えるような赤い羽を持った鳥型クリーチャー《火吹き鳥》がリクを抜き去り、旋回してリクに突っ込んでくる。 その動きは早く、小回りも利くので、まともには捕らえられそうにない。おまけに《火吹き鳥》はその嘴を開くと、火炎を吐き出したものである。 迫り来る炎を前に、リクは唱えた。 「我は召し捕らえん、向かいし全てを絡めて逃さぬ《水流の投網》にて!」 魔導が完成すると、リクの手の中には水の玉が出現する。それを炎に向かって投げると、その水の玉が広がり、網を形成した。それは、炎を防ぎ、突っ込んできた鳥型クリーチャーを捕らえる。 《火吹き鳥》の動きを捕らえたところで、リクはさらに詠唱した。 「我は叩かん、衝撃が凍結を生む《氷の鎚》にて!」 次に唱えた《氷の鎚》で叩くと、《火吹き鳥》は《水流の投網》の水と共に凍り付き、粉状に砕け散ってしまった。 リクはそれを浴びながら、さらに走る。 「え、えげつな〜。落とし穴から先ほとんど中級クリーチャーやん」 カーエスが呆れたように言い、返答を求めてティタに視線を移す。 しかしティタは何一つ聞こえていないかのように、真剣にモニターを見つめていた。さっきまでのお気楽な雰囲気は完全に消えてしまっている。 噂によると、上級魔導士試験におけるエスタームトレイルの難易度は、年度によって大きく異なると言う。その難易度は魔導士の運次第と言うわけだ。難しい設定の時には合格者が出ないくらいに厳しいものとなる。 カーエスが試験を受けた時も、わりと難しい設定だったと聞いているが、それでも中級クリーチャーは終盤まで出なかった。それでもクリアした時には魔力が底を尽き、ギリギリの状態で生還したものだ。 ところがリクの場合、中盤から既に、下級クリーチャーより中級クリーチャーが惜し気もなく繰り出され、トラップなども避けにくく仕掛けてある。中級クリーチャーの出現のタイミングも休む隙を与えないくらいに頻繁に設定されていた。 受からせる気など、微塵も感じられないような難易度である。 (こんなんで、アイツ最後まで持つんかいな……?) 実技試験開始から既に二刻(六時間)が経過していた。その間、リクは一度も休む暇もなく、エスタームトレイルを駆けて行く。継続的な激しい運動、魔法の連発、さらにひとときも気を揺る事も出来ない緊張が、容赦なくリクの限界を突いてきた。 リクはただ前に進む事に集中していた。スピードダウンしたい気持ちももちろんあったが、そうするとクリーチャー達は間違いなく、自分を四方八方から取り囲み、襲い掛かってくるだろう。 (休む事を考えながら走ってるから疲れを感じるんだ。あと三刻(九時間)くらい走るつもりで走れば、なんてことねぇ) 半ば自分に言い聞かせるように、心の中でひとりごちる。もう呪文を唱える以外に声は出せない。無駄に声を出すと、息があがって呪文が唱えられなくなるからだ。 不意に目の前に現れ多クリーチャーを、《雷の槍》で片付けたあと、リクは思った。 (しかし……さすがにこの状態があと三分刻(一時間)続いたら絶対に持たねーなぁ) そして苦笑していると、前方から六体のクリーチャーが並んでリクの方に襲い掛かってきた。 リクはそれを確認すると、叫んだ。 「だあっ、折角の歓迎でも、あんまり熱烈だとかえって迷惑なんだよっ、どけぇっ!」そして両手を胸の前に持ってくると、呪文を唱える。「我は放たん、連なりて射られしものを炎に包む《火炎の連弩》をっ!」 詠唱とともに、リクの手の中に炎で出来た弓矢が現れる。リクはそれを引き絞ると、それを放った。すると、一発目に続いて、五発もの《炎の矢》が放たれ、リクの目の前にいるクリーチャーにそれぞれ当たり、クリーチャー達が倒れた。 その屍を踏み越えて、リクの行く手を阻む茂みを越えると、いきなり開けた場所に出た。始めは、また落し穴かと勘ぐったが、その様子はないし、なにより向こう側に見えるのは壁だ。 「ゴール……なのか?」と、リクは目の前の壁を見つめる。 その表情が訝しげなのは、エスタームトレイルの説明を受けた時、ティタはエスタームトレイルの突き当たりにある魔法陣に乗って帰ってくるように言っていた。しかしこの突き当たりにあるはずの魔法陣がどこにもなかったのである。 「どういうことだ?」と、リクは壁を調べようと駆け寄った。 しかし彼は、ふとその駆け足を止めると、真横に跳ぶ。 その直後、リクの立っていた場所から巨大な右腕が突き出してきた。続いて左手も別の場所から飛び出してくる。深緑の皮膚に、紫色で尖った爪をもつ腕で、太く見るからに力強い。 しかし、その一番奇妙な点は、腕だけが宙に浮いており、胴体などが全く見受けられなかった事である。 「な、何なんだコイツ……?」 余りにも特異なその姿に、リクは目を丸くして、それを見上げる。 その大きさから見てもそれは明らかに上級クリーチャーだ。ほぼ人と同じあるいはそれ以上の知能を持ち、その基礎能力からして中級クリーチャーとは比べ物にならない存在。その強さと言うと、“グランクリーチャーの成り損ない”という説があるほど恐るべきものだ。 じっくりと観察している暇もなく、その上級クリーチャーがリクを襲ってきた。その大きな“右”腕を振り上げ、リクを目掛けて思いきり振りおろしてくる。 リクはそれを後ろに跳んで躱した。しかし、それがよくなかった。 彼の目の前に振りおろされた拳から指が弾き出されてきたのである。思わぬ攻撃に、リクはそれをほとんど障壁も張れずにまともに受け、後方に飛ばされた。 さらに、まだ立ち上がってない彼に追撃を加えんと、今度は“左”手の握り拳が頭上から振ってくる。 「あ、あんなモンに潰されてたまるか! その槍穂貫くは天地、その光が意味するは天の裁き! その先からは轟く光がほとばしり、全ての罪を討ち滅ぼす! 稲光と共に現れよ、稲妻纏いし紫電の矛《ヴァンジュニル》!」 雷光とともに彼の手の中に現れた二叉矛《ヴァンジュニル》の柄を掴んだリクは、振りおろされてくる“左”拳の真下から、今度は手の甲側に転がり出る。 そして、その拳が地面を叩いた瞬間、リクは手に持った矛を手の甲に突き刺した。 「我が矛に宿りし電気よ、大気を駆けよ! 我が導きによる《放電》によりて!」 同時に唱えた魔法によって、《ヴァンジュニル》から、電流が“左”拳に流れ込み、“左”拳が開いて痙攣する。しかし、その痙攣の中で“左”拳は大きくもがきを見せ、リクの《ヴァンジュニル》から逃れた。 それに続いて、今度は“右”手が手刀となってリクに迫る。 彼は反射的に地面に伏せ、その手刀をやり過ごした。 「我は放たん、連なりて射られしものを炎に包む《火炎の連弩》を!」 やり過ごした“右”の手刀目掛けて、リクは炎で出来た矢を連射する。六本の矢はあっという間に手刀に追い付き、それを炎に包んだ。 リクは“左”腕が痙攣でまだ行動不可能である事を確認すると、炎に包まれた“右”手に駆け寄り、一気に間合いをつめて、追い討ちをかける。 「我は解き放たん、この矛に秘められし電力を! その大量の電気が生みしは触れし全てを焦がして壊す《高圧電流》!」 そして《ヴァンジュニル》から流し込まれた大電力により、“右”腕は炎によって表面を焼かれ、また内側をも焼き尽くされてしまう。流石の上級クリーチャーも、この攻撃には力つき、“右”腕は浮力を失って、地面に落ちてしまった。 しかし片方を片付けた事に、喜ぶことなく、リクは“左”腕の方に振り返る。ちょうど、《放電》による感電の痺れから立ち直り、再び握り拳を固めたところだった。 「我は放たん、連なりて射られ」 同じ戦法で“左”腕も片付けようとした、リクの詠唱だったが、それは途中で中断されてしまった。 その原因は背後から聞こえてきた物音だ。 リクは前方の“左”腕の方にも注意を払いながら、恐る恐る後ろを確認してみる。 そこには、先ほど力を失ったはずの“右”腕が浮力を取り戻し、みるみるその傷が修復されて行く姿があった。 「嘘だろ……」 リクが唖然とした表情で見つめる前で、修復が終わった“右”腕と“左”腕の掌同士が合わさると、何かの印のように複雑に組み合わせられて行く。その動きが止まったかと思うと、開いた両手の掌には、火の玉が生じていた。 その火の玉の熱と光が、リクを我に返らせた。その炎攻撃に対抗できる魔法を詠唱する。 「我は叩かん、追いすがりて打ちしものを凍結させる《吹雪の鉄球》にて!」 その魔法によってリクの手に現れたのは、人頭大の白い球状の光である。その光の球からは紐状の光がリクの手に伸びていた。リクはその紐状の光の部分を掴み、光の球をブンブンと振り回す。 光の球が十分遠心力を得たところで、リクは、その《吹雪の鉄球》を上級クリーチャーの放った火の玉に向かって投げ付けた。 《吹雪の鉄球》は火の玉と正面からぶつかり合う。その威力は大したものらしく、火の玉を飲み込み、その向こうにある印を結んだままの“両”腕にも届いた。その瞬間、《吹雪の鉄球》はまばゆい光を放ち、気が付くと、“両”腕が組み合わさったまま凍り付いている。 「片手ずつで復活するなら、両腕まとめてやってやらぁっ! 天を覆い隠すは積乱雲! その雲が抱くは神鳴る電気! この矛も持ちし我の呼び掛けに応えて降りよ!」 彼の呪文の詠唱とともに、《ヴァンジュニル》を向けた先に雲が起こり、電気を帯びて雷雲となる。そして、呪文を締めくくると共にリクは《ヴァンジュニル》を降りおろした。 「《召雷》っ!」 同時に落ちた稲妻は正確に組み合わさったまま凍り付いている“両”腕を打ち、粉々に打ち砕く。 その小さな破片が目の前に散らばるのを眺め、リクはふう、と大きく息を付いた。 が、次の瞬間、地面から新たに現れた“両”腕によってリクはがっしりと捕らえられる。その拍子に《ヴァンジュニル》を手放してしまい、主の魔導を離れた《ヴァンジュニル》は元の魔力に分解して立ち消えてしまった。 「なっ……!?」 驚いている間に、リクの上空がバチバチと電気を散らしたかと思うと、お返しとばかりにリクに電撃を浴びせかけた。 「《瞬く鎧》によりて、この一瞬、我は全てを拒絶する!」 リクは必死で防御魔法を詠唱したが、その雷撃は多少威力を殺されただけでリクを強かに打ち付ける。 「く……あ……」 必死に“両”手から逃れようとする彼だが、雷撃による痺れがそれを妨げた。 カーエスは驚愕の表情で呆然とモニターを見つめていた。驚くべき事実を目の前に突き付けられ、今までそれを現実だと認識するのに時間が掛かっていたのだ。 ようやく頭の中で情報の処理を終えたカーエスがティタに向かって言った。 「これはいくら何でもやり過ぎや思いません?」 その声には、幾分責めの気持ちが混じっていた。 しかし、ティタの視線は相変わらずモニターから動かない。 構わずにカーエスは続けた。 「誰がどうやって捕まえたのかしらへんけど、上級クリーチャーをエスタームトレイルに引っ張り出すなんて聞いた事ありませんで」 普通に一対一でやらせるなら上級クリーチャーでもよかったかも知れない。しかし、今のリクはエスタームトレイルを駆け抜けてきたばかりであり、あらゆる力が枯渇しかけている。 いつにもまして厳しかった今回のエスタームトレイルの最後として、上級クリーチャーと闘わせることがいかに酷であるかは経験者であるカーエスにはよく分かっていた。 これでは受からせるつもりがないどころか、殺すつもりと取られても仕方がない。 偽者とはいえ、魔力を具現化させて作るあのクリーチャーたちは幻影などではない。万が一リクが致命傷を追えば、リクには本物の死が待っているのである。 「あの上級クリーチャーはエンペルファータに捕まえられてデータを取られたクリーチャーの中では最強の一種らしいスね」と、コーダがまた自分のノートを見て告げる。「あれ? あれを捕まえた人って……」 そこまでコーダが言った時、その発言を妨げるようにティタが突然発言した。 「あたしはただの上級魔導士試験をやってるつもりはないよ。リクが“大いなる魔法”にたどり着ける事をあたしが信じるためにやってるんだ。もし、これで上級魔導士試験自体に落ちても、リクが“大いなる魔法”に辿り着けるって確信したら、あたしは喜んで知ってる事を教えてあげるさ」 「で、でも、これでリクが死んでもうたらますますあんたの不信感は高なるだけですよ?」 「少し黙れ、眼鏡男」 開き直りともとれる、ハッキリとした発言に少し言葉をつまらせながらも、なお食い下がるカーエスにジェシカが言った。 そんなジェシカをカーエスが睨み付ける。 「お前はリクの味方ちゃうんかったんか?」 「その通りだが、特に文句を言う必要は感じていない。あの程度のクリーチャーでリク様が止められるとは思っていないからな」 「あの程度のクリーチャー?」と、ティタがジェシカの発言に反応した。 ジェシカはそれに答える。 「はい。あの程度の、です。リク様が上級クリーチャーで止まるような男なら、私達は今、この場にはいませんよ」 その発言には一点の疑いも感じられなかった。 続いてコーダが頷きながら言う。 「兄さんを止めたかったらグランクリーチャーくらい持って来なきゃ駄目スよ」 「……よう言うわ、ホンマ」 二人の言葉にカーエスがため息まじりに言った。 しかし彼自身も、その言葉が真実である事を心から確信していた。 リクは両腕に掴まれたまま、何も出来ずにいた。全く抵抗せずにいたためか、“両”腕は雷撃の後は一切の攻撃をして来なかった。一応痺れはとれ、魔法の使える状態に戻っていたリクだったが、この上級クリーチャーの正体を確かめるために、敢えて何もせずに状況を見守っていた。 今、“両”腕の下は大きなへこみが出来ていた。蟻地獄の巣のように、土が穴の周りから中心に向かって流れて行く。 「さあ、出てこい」 やがてすり鉢状の穴のそこには、人の頭のような形をした怪物の顔が現れていた。リクを食べようとしているのか、その怪物の口はリクを掴んだ“両”腕に向かって大きく開かれている。 “本体”が完全に露になった後、“両”腕はリクを口元に運んで行く。リクはそれをギリギリまで待つと、突然魔法の詠唱を始めた。 「我を戒めるものよ、《解縛》によりて退け!」 魔法は詠唱の終了と同時に発動し、“両”腕は弾かれるようにしてリクの身体を離れる。 続けて、リクは唱えた。 「その頭向けしは汝、それが象られるは龍! その口から吐き出されし火焔はあらゆるものを焼き尽くす! 焼尽の咆哮と共に我が手に収まれ、蒼天焦がす紅蓮の火吹き《ルーフレイオン》!」 リクの詠唱と共に、赤い光を放って彼の手に納まったのは、その龍を象られた杖頭から日を噴き出す事のできる《ルーフレイオン》だ。 リクは、彼が落ちてくるのを大口開けて待っている上級クリーチャーの“本体”に向ける。 しかしそれを察したのか、“本体”はリクが落ちてくる前に口を閉じると、再び土の中に身をしずめた。同時に、すり鉢状に開いていた穴もリクを飲み込む勢いで埋まって行く。 「我が足に宿れ《飛躍》の力!」と、リクは魔法を使って、閉じて行く穴から脱出する。 着地したリクの目の前には再び“右”腕と“左”腕が現れていた。 「なかなかの用心深さだな……」と、リクは苦笑して言う。そして、その笑みを不敵なものに変える。「でも尻尾を掴んだ限り、逃げられやしねーぞ」 「へえ、本体は地中に埋もれとったんか……」と、モニターで様子を見ていたカーエスが感心したように言った。 それに応えるようにして、ティタが解説する。 「あたし達は《怠惰なる魔人》って呼んでる。地中に埋もれた本体はほとんど動かない。魔力で作った腕を使って獲物を捕らえ、捕まえて食べる時だけああやって姿を現わすのさ。でもクリーチャーは補食する必要もないから、単に上を通った獲物を喰い殺す習性を持ってるってことだね」 ティタ達は長年クリーチャーを研究してきたが、クリーチャーにはエネルギーを自分で発生させる器官を持ったクリーチャーは今のところ存在していない。また、死んだクリーチャーは、魔力エネルギーに分解されて雲散霧消してしまう事から、クリーチャーは召喚魔法のように、魔導で魔力を具現化させて作られたものなのではないかと考えられている。 “召喚”された生物のエネルギーは術者の魔力で賄う事から、クリーチャーにも“召喚主”と呼べる存在があり、そこからエネルギーを得ているのではないかというのが現在の定説だ。 今、ティタ達の研究の一つには、そのクリーチャーに供給されている魔力を辿って“召喚主”を求めるというテーマも存在するのだ。 ティタの解説の後、コーダが腕を組んで言った。 「しかし、逃げ足が早いクリーチャーのようスね。正体が分かっても簡単には倒せそうもないスけど、兄さんどうするつもりなんスかね?」 「決まっている」と、そのコーダの疑問に、ほとんど即答するようにジェシカが答えた。「リク様なら、きっとこの単純明解な答えに行き着くはずだ」 「埋まっているなら、掘り返せばいい!」 ジェシカと奇しくもほぼ同時に、リクがこの答えを口にしたのは、彼を捕まえようと《怠惰なる魔人》の“両”手が彼を挟み込むようにして攻撃するのを《飛躍》でかわした直後の事だった。 手にした《ルーフレイオン》を下方で組み合わさっている“両”腕に向けると、その魔法の呪文を詠唱しはじめる。 「我、火吹きに宿されし炎の力によりて、大いなる熱持ちし火球を生まん! その熱は触れるもの全てを融かし大地に穴を穿つ!」 《ルーフレイオン》の杖頭の先に眩しく輝く火の玉が生み出された。リクはそれを振払うようにして放つと同時に呪文を締めくくった。 「《融かし沈む焔》っ!」 リクの放った火球は、まず“両”腕を融かして屠る。それでは勢いは収まらなかった。その先にあった地面を融かし、穴を作りながら沈降していく。 ある地点に達した時、断末魔のような声が聞こえた。 穴の縁に立ってみると、《融かし沈む焔》の火球が《怠惰なる魔人》の“本体”を焦がして行く。 しかし火事場の力と言うものだろうか、《怠惰なる魔人》は大きな音を立てて大きく息を吸うと、その口から強力なエネルギー波を放射して、《融かし沈む焔》に対抗する。 そのエネルギー波は、あっさりと《融かし沈む焔》の火球を飲み込み、エスタームトレイルの天井を焦がす。 そのエネルギー波が尽きた時、《怠惰なる魔人》の真上には、その上級クリーチャーに向かって飛び込むリクの姿があった。 それを認めた《怠惰なる魔人》は、急いで穴を埋めはじめる。 「ちょっとばかし反応が遅かったな。止めだ! その鞘に収まりしは曇り無き直刃! 鍛え抜かれしその刃に断てぬもの無し! 一度抜きし時、その速さは光も超える! いざ抜き放たん、一太刀にて全てを決す神速の太刀……」 その呪文を詠唱しながら、リクは左腰に両手を構えた。そこに白い光が集まり、棒のようなものを形成する。その形はどんどん具体化し、最終的に鞘に収まった刀のような形に変化した。 リクはそれを抜き放ちながら魔法を完成させる。 「《煌》いぃっ!」 それを抜き放った時の太刀筋は決して目に見えるものではない。まさに光のようなスピードで抜き放たれた刃は叩き付けられるようにして《怠惰なる魔人》を捕らえた。 そして、その切れ味はまるで空を切り裂いているかのように、あっさりと上級クリーチャーを両断し、元の魔力エネルギーヘと還す。 それと同時に《融かし沈む焔》によって穿たれた穴の底に、移動用魔法陣が輝きはじめた。 「やりよったで、アイツ……」 上級クリーチャーを倒したのをモニター越しに見ていたカーエスがいささか放心した様子で呟いた。そして後ろで移動用魔法陣が輝きはじめたのを感じた彼等は同時にそちらのほうを振り返る。 その移動用魔法陣の上に現れたリクはいきなりガクリと膝を付き、まるで体中の酸素を奪われたのを取り返すかのように、激しい呼吸をくり返した。その全身から、滝のように汗が流れて行く。 それをみた為か、フィラレスは部屋を出て行くと、コップと水差しを持って返ってきた。そしてコップに水を注ぎ、その時には呼吸が楽になってきていたリクに渡す。 リクはその水を次から次へと重ねて飲み、水差しに入った分を全て飲み干してしまった。 その後、リクを椅子に座らせ、頭に冷たい水で濡らした布を被せた。 ここまで終えた時、彼の呼吸はほとんど完全に整っていたが、それでも声を出すのにも億劫に感じられる程疲れているため、彼は何も言わずに顔をあげ、ティタを見上げた。 カーエス達四人も同じようにティタに視線を集める。 「まず、あたしはアンタに謝らなきゃいけない。このエスタームトレイルのテストは、異常なくらいに難しくしてあった。上級クリーチャーも本当なら出て来ないし、中級クリーチャーの数ももっと少ないはずだった。現役の上級魔導士だって滅多にこのテストはクリアできないはずさ。だから、上級魔導士試験の方は合格。本当ならいろいろ細かい採点をしなきゃいけないんだろうだけど、今回の場合は通り抜けただけで合格だよ」 ティタは一度そこで言葉を切った。リクの反応を待っているのだ。 しかし、彼はその言葉にはいっさい喜ぶ様子などを見せていない。ただ、ティタに視線を送り続けている。その目はハッキリと早く“本題”に入る事を要求していた。 他の者もみな同じである。 しばらくの間、場が硬直した後、それに耐え切れなくなったかのように、ティタは大きく息を付く。そして俯き、彼から視線を外して言った。 「……その、済まないけど。まだ、アンタを完全には信用できない」 「そんな! こいつはこんだけ苦しい目に遭うても、それを乗り越えたんやで? 信用したってもええやないですか」と、まっ先に口を開いたのはカーエスである。 「この場合は、確信はあり得ません。少しでも可能性を見出せればそれでいいのではありませんか?」と、続いてジェシカも抗弁する。 ティタは顔をあげると、全員を見回して言った。 「あたしだって、確信は出来ない事くらい分かってるよ。この、とんでもない設定のエスタームトレイルだって、クリアできれば可能性を見出せると思ってやったんだ。でも、どう見ても、これがリクの限界だ。本当にこれで“大いなる魔法”に向かう先で遭う本物の災難を乗り越えられるかと言えば、ハッキリと否だ。あたしはまだリクに可能性さえ見出してはいないんだよ」 カーエスも、ジェシカも、この言葉には反論する事は出来なかった。 二人とも、ティタがリクを認める事を拒否するのは、今まで認めた者達に起こった事に罪悪感を覚え、認める事をただ怖がっているのかと思っていた。 しかし、彼女がリクを拒否する根拠がハッキリと示されているのである。確かに、どう見てもリクはこれ以上何かができるようには見えない。 「……わかった」 その声に、全員が一番奥に座っていたリクに注目した。 「リク?」 「確かにこんなにバテてたら信用する気にもならねーだろうな。」 「諦めるのかい?」 てっきりもっと食い下がってくると思っていたのか、ティタが思わず聞き返す。 それに対してリクが即答した。 「なわけねーだろ。今回で納得できなかったなら、次で納得させるさ」 「次?」 「まだ、俺に可能性がないとは言い切れない。俺はこうやってバテちゃいるが、クリアした限りはまだ限界は見えてない。そうだろ?」 確認の問いに、ティタは答えない。 たしかに、まだリクに可能性を見出したわけではなかったが、ギリギリでもクリアした限りは限界を見せた事にはならない。よって、不可能だと決定できる要素はまだ何もなかった。 「手間掛けちまって悪ぃけど、もういっぺん、もっと厳しい試験を作ってくれ」 「……それでいいのかい? あんたは今日これ以上ないくらいに疲れる思いをしたんだ。それをもう一度やり直すって言うのかい?」 リクは不敵な笑みを浮かべて頷く。 「夢は適えた瞬間が一番嬉しいもんなんだけどな、一番楽しいのは、夢に向かって苦労している時なんだよ。少しくらい延びたって望むところだ」 泥などにまみれて汚くなった顔の中で、その明るいエメラルドグリーンの瞳はまだ冒険を欲しているかのように輝いていた。 |
![]() |
![]() |
![]() |
|||
Copyright 2003 想 詩拓 all rights reserved.
|
|||||